マンション大規模修繕日記

マンション大規模修繕業務に係わる日記です。

2015年07月

組合の皆様とともに

最近建物調査診断や設計を行っているときに、組合の皆様と一緒に建物を見るようにしています。

現地を見ながら、組合員の方とお話すると、写真やプロジェクターで一方的に説明するよりも組合員の皆様の建物に対する理解がグンと深まります。

昨日もあるマンションで現地見学会を実施したところ、修繕委員の方が、ほぼ全員参加され、理事の方にもご参加頂き総勢20名以上で建物を見て廻ることになりました。

たとえば、皆様のマンションの屋上がどのような材料で仕上げられているか?その材料には、どのような特色があるのか?どのくらい耐久性がある材料なのか?

このような説明を受ける機会は、なかなかないと思います。

外部廊下に移動して、建物の現状使用されている材料や改修でどのように直すべきなのか?についても説明いたします。

天井、壁、床、側溝について説明して行きます。

わからないこと、疑問点がその場でどんどん聞けるから良いのだと感じます。

築10年を過ぎて、そろそろ大規模修繕が近づいていて、建物のことを詳しく知りたいけど、誰に聞けばよいのか?

とお悩みの方は、このブログにコメントをしてくだされば、あなたのマンションに出向きご説明いたします。

組合として申し込み頂ければ、屋上に一緒に登り、防水について説明することもできます。

DSCF5629

オリンピックの位置付けが全く違う

今回の新国立競技場の建設をめぐる騒動の潜在的な原因のひとつに各世代によって、オリンピックが持つ、位置付けの違いがあると思います。

前回の東京オリンピックは太平洋戦争によって焦土となってしまった国からの復興のアピールと国際社会への復帰の象徴であり、戦争に負けた大きな傷を払拭するためのイベントといっても過言ではなかったと思います。

そう考えると、まさに、国を挙げての国家プロジェクトだったと思います。

想像ですが、国民ひとり、ひとり、ほぼすべての国民もそのことに対して了承していて、反対意見は皆無で、心の底から応援、協力すべきイベントだったと思います。

ある世代から上の人の心の中には、オリンピック=国家プロジェクトだから予算はどれだけ掛かっても許されるべきもので、反対意見があるはずがない。
という思い込みがあったと想像できます。

1963年札幌生まれの私にとっては、1972年札幌で開かれた冬季オリンピックへの人々の異様な熱気や大きく変わり行く札幌の町並みを見て育ちましたので、1964年の東京オリンピックへの期待の大きさ、イベント性は、なんとなく想像がつきます。

ところが、2020年の東京オリンピックは、東日本大震災からの復興といった意義はあるのでしょうけど、全国民が1964年の東京オリンピックに感じた思いとは、まったく異なり、ひどい言い方をすれば、日本で開催されるうちスポーツイベントのひとつに過ぎません。

このような状況の中で、他国で行われたオリンピックのメインスタジアムの何倍もの予算を掛けることは、もはや不可能・・・ということが、想像ができなかった人達が建設の意思決定の中心にいたのかなと感じました。

「ゼネコンは儲けゼロでやってもらいたい」という浮世離れした言動もありましたが、この発言をした人も、オリンピックの持つ意味が、すでに1964年の大会とは、大きく違っていることが見えていない人だとわかり、とても驚きました。

国がたった2,500億円も用意できないのか?という発言もありましたが、今は、用意できる状態ではないことも、この方はわからないことが悲しいです。

デザインと設計の違い

新国立競技場の混乱の一因にデザインと設計二つの似た言葉の解釈の違いがあると思います。

つまり、デザインに工事費の制約を含むか含まないか?

デザインに含まれないのなら、設計には、工事費の制約を含むのか?

今回のデザインというのは、外観と内部のイメージを示すだけなのか?

その場合、イメージを決めたとして、工事を行なうための設計と切り離して考えることが可能なのか?

今回、最大の難所となったキールアーチのような、構造体の建設問題は誰が考えるのか?

デザインを行なったデザイナーを監修設計者として決めて、建物を作るための実施設計者と共同作業を行なうときにコストコントロールはどうするのか?

色々と難しい問題があります。

本来、それらを統合して考え、多くの人の協力を取り付けて、ベストの答えを出すのが、建築家と呼ばれる人の仕事です。

丹下健三が前回の東京オリンピックのときに設計した代々木屋内競技場を思い浮かべていただければ、イメージできると思います。





設計と工事金額

「白紙に戻す」という総理大臣の決定で、やっと決着がついた、新国立競技場の建設ですが、この中で一番焦点となったのが、工事費だったと思います。

当初工事予算が1,300億円であったにもかかわらず、3,000億円になり、設計変更をして1,600億円となり、最終的には、2,520億円で契約・・・といった流れでした。

なぜ、こんなに工事予算がコロコロ変わるのかという疑問が大きいと思います。

設計段階以前のコンペのパースで、工事費は絶対算出できません。

この段階では、どの案も絵に描いた餅です。

それは、仕方がないことだと思います。

しかも、デザインコンペですから、応募する側としては、目を引くデザインとしなくては、選ばれないと考えても不思議はありません。

しかし、ここから先は、選定側の問題があって、予算重視なのか?多少は当初予算をオーバーしても、資金が集められるのか腹をくくっておかないと、デザインは決まったが、予算オーバーで建てられないということになります。

審査委員長を有名建築家にしたということは、「本当にこの予算で、この案を建てることができるのかどうかの目処が立つはず」という目論見もあったと思います。

ところが、現実は、建築家は「デザインを決めることが仕事で、作るのは別問題、まして、お金については責任外」としか思えない対応になってしまいました。

残念なことです。

比べるのもオコガマシイ身近な例ですが、最近の大規模修繕の見積は設計者の予想をはるかに超えています。

設計概算を超えることも珍しくありません。

10前に作成した長期修繕計画上の予算の1.5倍ということもたまにあります。

建設費の高騰だけではなく、当初の工事費の予測が甘かったことも原因です。

ところが、これを正直に言ってしまうと、新国立競技場の場合とは異なり、責任を追及される人が出てくるので・・・困ったものです。
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